何かを辞めることは、何かを続けることに繋がっているという話

『石の上にも三年』

この言葉を聞いて、皆さんはどんなことを想像しますか。

「辛いことも3年は我慢しなさい」という意味のこの言葉は、しばしば年長者から若者への訓示として使われます。

 

その一方で、『一寸の光陰軽んずべからず』という言葉があります。

これは、「わずかな時間であっても、決してむだにしてはならない」という教えです。

あまり知られていませんが、有名な『少年老い易く学成り難し』に続く言葉です。

 

少年老い易く学成り難し

若いうちはまだ先があると思って勉強に必死になれないが、すぐに年月が過ぎて年をとり、何も学べないで終わってしまう、だから若いうちから勉学に励まなければならない。(wikipediaより)

 

つまりは、「若い時に色々と勉強しておきなさい。時間を無駄にしてはいけません」という教えです。

 

一方は我慢しなさい、一方は時間を無駄にしてはいけない。

故事成語としてどちらも有名な言葉ですが、相反する言葉でありながらどちらも正しく聞こえます。

我慢が美徳と考える年長者は『石の上にも三年』と教え、若い時に無駄な時間を過ごしたと考える年長者は『一寸の光陰軽んずべからず』と教えます。

年長者が必殺技のように使うこれらの故事成語は、概ね矛盾していることを忘れてはいけません。

 

“ いつもと同じ ”を見つけ、そして捨てる経験をしているか


人は無意識に“ いつもと同じ ”を好み、“ 変化 ”を避ける傾向があります。

いつもと同じである方が、経験を活かして予想しやすく安心できるからです。

毎日同じものを食べる人、電車の同じ車両に乗る人、スーパーで同じものを買ってしまう人は、“ いつもと同じ ”行動をすることで安心感を得ています。

 

わざわざリスクを冒してまで新しいメリットを追い求めたくない。

年を取り経験や知識が増えていくにつれ、そういった防衛反応は強くなっていきます。

そのため、様々な変化を前に『石の上にも三年』という言葉を使いたくなるわけです。

これはまさにチーズはどこへ消えた?に登場する小人ヘムのようです。


チーズはどこへ消えた?
扶桑社BOOKS (amazonより)

 

私たちが好む“ いつもと同じ ”や“ みんなと同じ ”は、忍耐力や協調性を養ってくれる一方で、やってみたいという好奇心を自制するものになりがちです。

 

“ いつもと同じ ”を捨てて、居心地の良い安心の輪から飛び出す経験をしてきたかどうか。

そして、いつでも輪を飛び出す勇気を持って準備をしているかどうか。

 

若者はこういった視点から、話を聞く年長者を選ぶべきです。

“ いつもと同じ ”から抜け出したことのない大人や、“ いつもと同じ ”を見つけられなかった大人のいうことなんて聞く必要はありません。

多くの人は、子供のころからずっと続けているものなんてなくて、色んなものを辞めたり諦めたりした中から、ようやく続けられるものを見つけている。

そこを理解していれば、若者が何かを辞めることは進んで受け入れて良いのではと思います。

 

何かを辞めることは、何かを続けることに繋がっている


変わり続ける。

変わらずにいるために。

かつて、suchmosはヒットしたスタイルを捨てて、全く新しいサウンドに“ 変化 ”しました。

メジャーになったsuchmosしか知らないファンは、新しいサウンドが理解できず、非難したり離れたりしましたが、彼らからすると今までと変わらない“ 変化 ”だったと思います。

食べ物や着る服が年齢や気分で“ 変化 ”するように、その時に自分たちが一番心地よいと思う音楽をする。

それが、この18文字に表れています。

 

何かを辞めるというのは、続けることの反対の意味でとらえられがちですが、実はそうではありません。

例えば、サッカーと水泳など習い事を2つ以上している場合、ひとつを辞めたとしても残りのひとつは続けることになります。

体を動かすという観点においては『石の上にも三年』が継続しており、自分には合わなかったという判断は『一寸の光陰軽んずべからず』の教えに沿っています。

 

例えば、仕事を辞めるというのは勇気のいることですが、本業以外に副業をしている人であれば、どちらかを続けていくことができます。

収入がゼロになることがないので、今までのスタイルを大きく崩すことがありません。

この場合も『石の上にも三年』と『一寸の光陰軽んずべからず』の教えを併用しているといえます。

辞めることで無になるのではなく、続けることを切り替えていくイメージです。

 

小さなチャレンジを数多く経験し、小さなフィニッシュを数多く経験する。

辞めるという決断をしながら“ 変化 ”を繰り返すことで、本当に好きなものや続けられるものが見つかり、その人らしさに磨きがかかる。

何も知らない周りの人からは、その巡回がブレのない一途なものに見えているのかもしれません。

 

「続けたほうがいいよ」

「辞めるのはもったいないよ」

つい口に出してしまいそうになるこの教えは、本当に目の前の若者のためになっているのでしょうか。

 

私たちが若者へ与えるべき教えは、『石の上にも三年』と『一寸の光陰軽んずべからず』のどちらかではなく、その両方を享受できることであるように思います。

サッカーを続けることと同じくらいサッカーを辞めることを考えていこう

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